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Vol.1 「W大阪」カルチャーリード/中島美和さん

「桜井こけし」へのまなざし

 

企業オリジナルのこけし編 

記事:サウザー美帆

「桜井こけし」はさまざまな企業、ブランド、ホテル、美術館などからお声がけをいただき、OEMによるオリジナルのこけしも数多く製作しています。一緒にお仕事をさせていただいた方々のもとを訪れ、こけしの魅力について語っていただきました。

Vol.1 「W大阪」カルチャーリード/中島美和さん

Vol.2 「中川政七商店」商品課デザイナー/村垣利枝さん

 


Vol.1 「W大阪」カルチャーリード/中島美和さん

ラグジュアリー・ライフスタイルホテルとして世界的に知られる「W大阪」が日本に初進出したのは2021年3月。大阪の御堂筋沿いに建つ黒一色のソリッドな建築は安藤忠雄氏がデザインを監修。内装を手がけたオランダのデザインチームStudio Concretesは、開業にあたり日本各地を訪れ、日本の美や歴史文化のエッセンスを随所にちりばめた遊び心あふれる世界観をインテリアで表現しました。

アライバルトンネルと呼ばれるエントランスは、切り絵や折り紙から着想を得たという3000枚以上の円のパターンに囲まれた幻想的な空間で、季節ごとに色を変える特徴的なフォトスポットとなっています。「リビングルーム」(ロビーラウンジ)にはネオン煌く大阪の街をイメージしたカラフルな照明やソファが設えられ、提灯をかたどった大きなランプシェードなどからも日本的なデザインを感じることができます。

中でもひときわ目を引くのが、コンシェルジュデスクの背景に並ぶ84体のカラフルなこけしたち。これは桜井こけし6代目の櫻井尚道の手によるもので、一体ずつデザインが異なるW大阪のオリジナルバージョンです。

この斬新なデザインのホテルに、こけしというアイテムが取り入れられた理由は何だったのでしょうか?W大阪のカルチャーリード、中島美和さんにお話をうかがいました。

 

――ホテルの顔とも呼べるレセプションフロアを彩るアイテムとして「こけし」を選んだ理由は何だったのでしょうか?

中島美和(以下、中島):開業にあたってオランダのデザインチームが日本全国を探索する中で、日本のさまざまな文化の意味合いをしっかり捉え、デザイン性も考慮した上で、メッセージ性のあるものを選びました。Wの「リビングルーム」は、ゲストが最初にWのブランドカラーを実感する場所です。そのイメージを、どのように日本の文化と併せて表現するかという観点で、こけしが選ばれました。それぞれが違ったデザインと色を持つこけしは、Wがとても大切にしているパッションポイントのひとつ「スタンス」の、 “多様性”に対する理解を促す役割も果たしています。

 

――ゲストに対して「国籍、人種、性別などを一切問わない」というWの姿勢を示すものとして、こけしが存在しているということですか?

中島:はい。Wはペットもウェルカムですし、LGBTQの方たちへのサポートにも積極的です。ゲストの半数以上は外国人で、本当に多様な方々が訪れますので、どんな方にも満足していただけるホテルであることがとても大事です。Wのブランドの価値、大切にしている多様性が、ここ大阪のWでもしっかり根付いているというストーリーをゲストの方々に語る際に、こけしがとてもいいツールになってくれているのです。

 

――こけしはフォルム自体がとてもシンプルゆえ、ホテルのデザインコンセプトに合わせてアレンジがしやすいという観点もあったのでしょうか?

中島:もちろんあったと思います。また、日本の伝統的な工芸品で、職人さんの手仕事によってつくられている点も重要です。同じ色を使っていても、筆の使い方でそれぞれの描彩は異なり、すべてが唯一無二。また、Wが大事にしている「スタンス」の要素には“サステナビリティ”も含まれており、天然の木でつくられていることも大きな理由だったと思います。

その土地に根付いたものを使ってデザインを考え、その土地の文化を伝えていくという姿勢は、世界各国のWで一貫しています。こけしというマテリアルを使って日本を表そうとした理由は、木でできている伝統的なオブジェクトで、日本独自のオリジナルなものであるということ。その上で、色使いやデザインを変えることで多様性を示すこともできるというところに、デザインチームは注目しました。

 

――鳴子という日本の片田舎でコツコツとつくられているものが、W大阪を通じて世界中の人に知っていただける。そこから伝統工芸の世界に興味を持ってくださる人もいるかもしれないと考えると、その間口を広げていただいたことは本当にありがたいことですね。今までこけしを見たこともなく、予備知識がない方がこのこけしを見た時、どのような反応を示されていますか?

中島:外国から来られたゲストは日本文化をできるだけ知りたい、現地のローカリズムをできるだけ吸収して帰りたいという思いが強く、知らなかったことを知るということに関しての意欲のレベルがとても高いです。ですので「こけしとは何か」という話を、私たちは時間が許す限りゲストにシェアしています。東北で生まれ、江戸時代からの歴史があり、昔は子供たちが布団に包んで遊んでいたとか、手に持ちやすい造形になっているとか。そこからストーリーがもっと膨らむ時もあれば、多様性の話になることもあり、皆様からそれぞれに素晴らしい反応をいただいています。

 

――文化についての知識に貪欲な海外のゲストの方が多いのですね。こけしは客室にも置いていただいています。

 

中島:客室は全部で337あって、各部屋にはそれぞれに違うこけしが置いてあります。ゲストに客室をご案内する際に、これ何?みたいな質問から始まって、こけしの話になることも多いんですよ。こけしを通して日本の伝統文化や工芸についても語れますし、デザインや形においてはホテルのポリシーも語れます。一つの中にさまざまな要素が入っていて、こけしの話を面白くないという人はいないですし、常にポジティブな会話の大事な要素になっています。

 

――84体のこけしを初めて見た時、中島さんご自身はどういうふうに思われましたか?

中島:「めちゃ可愛い!」っていうのが一言目(笑)。その後、バックグラウンドのストーリーを知ると、最初に見た時とは違う感激がありました。もの自体の背景や、なぜこういうデザインなのかというのを知っているか知らないかで印象もだいぶ変わるというのが、個人的な体験からも感じたことです。

 

――こけしはホテルのショップで購入もできるようになっていますね。

中島:W大阪オリジナルのこけしはコンテンポラリーなので、欧米のお宅でもシックに飾られているのではないかと思います。買われる方も、ご自身の家のインテリアに馴染むものとして購入されていると思います。

 

――つくり手にとっても、それはとても嬉しいことです。今回、桜井こけしとのコラボレーションで、何か新たに気づかれたことなどはありますか?

中島:私個人としても、普段の生活環境においてはなかなか手に触れられないものが職場にあるというのは、すごくありがたいですし、誇りに思える存在にもなっています。長年アメリカに住んでいましたので、特にそう思うのかもしれません。私は大阪出身で小さい頃から家にもこけしはあって目にしていました。母方は500年続く歴史のある家系で、祖母がいつも近くにいて、さまざまな古いものや文化に触れる機会はよくありました。でも、私の日本文化に対する意識は、日本にいた時と、23年間のアメリカでの生活を終えて日本に帰ってきた後ではまったく違います。一度外に出たからこそ、自分の国の素晴らしさがよく見えるようになりました。

――ロシアのマトリョーシュカやスェーデンのダーナラホースなど、木工のおもちゃはどこの国にもあり、子供の頃に誰もが手にしていて誰にとっても懐かしいもの。それゆえ、こけしはユニバーサルな感覚でさまざまな人に受け入れてもらえるアイテムなのかもしれません。

中島:木は自然のもので温かみがありますし、誰もが絶対に悪く思わないものでもありますよね。購入する方も環境問題などへの意識が高い方々だと思います。Wはサステナビリティをとても意識していますので、いろんな観点を考慮して客室のアメニティなども選んでいますが、こけしはすんなり、そのカテゴリーに入ってくるものです。

 

――W大阪の「エクストリーム WOWペントハウススイート」は、日本の伝統的な家屋に着想を得て、5つの部屋が障子で間仕切りされ、室内には本物の木々や枯山水に見立てた円形の絨毯などが置かれているそうですね。日本的なるものをモダンなスタイルでプレゼンテーションする、その流れの中にこけしもしっくり入っているということですね。

中島:はい。日本だからこそのデザインの背景など、必ずゲストと共有していますし、古くからあるものを大事にするという姿勢は、今の時代だからこそ意味があるのかなとも思っています。こけしは現代の日本人の生活に必要なものかと言えば、必ずしもそうではありません。だけど新しく上書きして、従来とは違う用途で使うことで、その伝統を次世代に引き継いでいくことができます。

 

――こけしの文化や伝統技術を途絶えさせないということがやはり大事で、そのためにはいろんな方に知っていただいたり買っていただいたりしないといけない。そういう意味ではW大阪のオリジナルバージョンという形で、鳴子のこけしがここに存在するということは、とても意味があることです。

中島:たくさんの職人の方のお話を聞いたり読んだりしますけど、代々受け継がれてきた伝統的な技術が、今は途絶えてしまいかねない状況にあるということを感じることも多いです。日本の工芸の技術、手仕事の繊細さや色使いのセンスなどは本当に世界一で、それを多くの人に知っていただくというのは、私個人としても必須の仕事だと思っています。

アメリカから日本に帰ってきて、日本文化の活性化のために私には何ができるのだろうと考えた時、この仕事を通して情報や知識を世界につなげていくことはできると思いました。こけしのストーリーを共有するというのもその一つで、試行錯誤をしながら、これからも私なりに発信していけたらと思っています。

 

 

中島美和 / W大阪 カルチャーリード

大阪府出身。ワシントン州立大学ホテルマネジメント修士を得て、2000年よりホテリエとして米国でキャリアを開始。米国の各都市でWなどマリオット系列ラグジュアリーブランドの立ち上げに携わりリーダーシップキャリアを積む。2008年に結婚、その後2人の息子をアメリカで出産。2021年にW大阪開業に伴い家族と共に帰国。オペレーションクオリティの強化、職場でのD&I教育、働く女性へのキャリアサポート、Wブランド教育などにも携わる。