インタビュー
Vol.2 中川政七商店 商品課デザイナー/村垣利枝さん
「桜井こけし」へのまなざし
企業オリジナルのこけし編
「桜井こけし」はさまざまな企業、ブランド、ホテル、美術館などからお声がけをいただき、OEMによるオリジナルのこけしも数多く製作しています。一緒にお仕事をさせていただいた方々のもとを訪れ、こけしの魅力について語っていただきました。
奈良を拠点に日本の工芸をベースにした生活雑貨を企画販売する中川政七商店。「日本の工芸を元気する!」というビジョンのもと、全国各地の工芸メーカーと協業でものづくりを行い、衣料品、食卓や台所の道具、インテリア、食品などの他に、古くからの文化風習に根差した飾り物なども数多く生み出しています。
桜井こけしは2018年より協業を開始。中川政七商店オリジナルの「鳴子こけしの雛飾り」を製作して以降、「鳴子のサンタこけし」「こけし武者箱飾り」などもつくらせていただいています。
他社のデザイナーなどと意見を交換しながら商品開発を進めていく作業は、つくり手側にとっても楽しく意義のあるものですが、多種多様な工芸品を扱う中川政七商店の方々にとって鳴子のこけしはどのような存在なのかも気になるところ。そこで、桜井こけしを担当してくださっている商品部の村垣利枝さんにお話をうかがいに、奈良の中川政七商店本社を訪問しました。
――中川政七商店は各地の工芸の産地と寄り添いながら、さまざまな商品を開発されていらっしゃいます。こけしに着目されたきっかけはなんだったのでしょうか?
村垣利枝(以下村垣): 私たちは「季節のしつらい」と呼ぶお正月や雛祭りなど、日本に古くから伝わる季節の行事を現代の暮らしにも取り入れていただけるよう、歳時記をモチーフとした飾り物をつくっています。その中で干支やお雛様の人形をつくりたいと考えた時に、古くより遊び道具として愛され、人々の願いや縁起が込められた郷土玩具を取り入れたいと考えました。さらに工芸に宿る揺らぎ、温かさみたいなものを通して、工芸の良さを多くの方に知ってもらうきっかけをつくるため、素材にもこだわっており、木の温もりが直接伝わるこけしに興味を持ち、何かつくってみたいと考えました。
――東北にはさまざまな系統のこけしがありますが、その中で鳴子の桜井こけしに声をかけていただいた理由は?
村垣:現代の暮らしにより馴染むこけしがつくりたいなとリサーチしていた時に、桜井さんのお雛様のこけしに出会いました。素朴で可愛らしくて愛らしくて、すぐに心を掴まれました。シンプルで、現代の暮らしにもすんなり溶け込めそうで、中川政七商店が考えるものづくりとの親和性もあると感じました。
――オリジナルのお雛様を製作するにあたって、中川政七商店サイドではどのような部分にこだわりましたか?
村垣:当社のお客様の中には、お子様の節句飾りとして購入される方もいれば、大人の女性がご自分用に購入されることもあります。幅広い世代の方々にお届けできるよう、もともとの愛らしい表情を生かしつつ、上品さも兼ね備えたものであること。描彩においてはお子様の成長を願う縁起の良い模様を入れていただくようにリクエストさせていただきました。
また、当社は1716年に麻織物の問屋として創業したという歴史があり、祖業の麻をとても大切にしています。それで麻でつくったお飾りも加えようと思い、そういったものと調和が取れるようにとお願いしました。麻には魔除けの力があるとされていて、お子様の成長を願う飾り物にもぴったりなんです。
――このお雛様にはこけし以外の工芸の要素もさまざま加わっていますね。
村垣:一番下の置き台は福井県鯖江の漆の職人さんによるもので、お雛様がのっている敷き台は、木目込み人形をつくってくださっている人形店によるものです。また、お花の下の小さな木の台は、奈良県吉野でタペストリーのバーなどに使われる丸棒を得意とする職人さん、お花は当社の麻生地を使い、大阪のコサージュ職人さんにつくっていただきました。
武者人形の飾り台は桐箱職人さん、麻製の鯉のぼりはステンシル染めの職人さん、貼り合わせなどは当社に所属するつくり手さんによるもので、今まで私がお世話になった皆様の結晶のようでもあるんです。皆さんの力をお借りして完成させることができて、私個人の感謝の気持ちもいっぱい詰まっています。
――桃の節句など季節の行事に関わる商品を通して日本古来の風習や手仕事の価値を伝えていくことは、中川政七商店が目指していることでもありますね。
村垣:お雛様を囲んで家族が集まって、お子様の成長を願いながらみんなで一緒にご飯を食べる。そういう季節ごとの祈りのようなものの大切さを伝えることができたらいいですね。雛祭りの由来や、こけしの歴史など、日本の伝統文化を子供たちが感じ取りながら大きくなっていくということも、豊かな暮らしや生き方につながっていくと思っています。
例えば一つのお茶碗でも、ものづくりの背景を伝えることはもちろん、それを生活に取り入れた時に、どのように暮らしが豊かになるか、これを使うとどれくらい心の栄養になるかということが、きちんと伝わるようにしたいといつも思っています。ちょっとひと息ついてみんなでお茶を入れて飲む時に、そこにペットボトルではなく、手仕事でつくられた茶器があれば、お茶の文化についての会話が生まれます。そのものが使われてきた背景や、ものの持つ美しさを感じてながら、ふと立ち止まる時間ができます。そういう時間の大切さも感じていただければ嬉しいです。
――村垣さんご自身が小さい時は、家にお雛様は飾られていましたか?
村垣:私の両親はそういうことにはけっこう無頓着で、雛祭りが近づくと、年季の入った木目込みの雛人形がそっとテレビの上に置いてありました。母からは何の説明もなくて、自分も特に気にしていなかったんですが、中川政七商店に入社してからは歳時記に触れ、節句について知ることも多く「あれは何だったの?」と母に尋ねてみたんです。そうしたら、あれは実は祖母の手づくりの木目込みのお雛様で、母にとっては思い入れのある大事な雛人形だったと言うんです。もっと早く言ってくれたらよかったのにと思いました(笑)。
季節の行事を欠かさず楽しむという家庭ではありませんでしたが、祖母が心を込めてつくってくれたものは大事にしていた。表現の仕方はさまざまですが、自分はちゃんと愛情を受けて育ったんだなっていうことを、雛人形の文化を知ることで再確認できたっていうところがあって、改めて自分は幸せな仕事をしてるんだなと思いました。
――いいお話ですね。昔の人たちは雛祭りとか端午の節句とか、当たり前のように祝っていたと思いますが、今は忘れられてしまっている。桜井こけしのお雛様や武者人形は本棚とかにちょこんと置いても可愛いですし、昔のような大きな雛飾りではなくても、節句を祝う風習が残っていくといいですね。
村垣:そうですね。できるだけ飾りやすく、場所も選ばずに置ける、今の暮らしに寄り添ったサイズ感とかたたずまいみたいなことは、デザインを考える上でも大事にしたいと思っています。
――お客様の反応はどのようなものでしょうか?
村垣:お雛様も武者人形も素朴な顔がもう愛らしいので、お店に展開すると、お客様からもスタッフからも「可愛い!可愛い!」というお声を聞いています。ものすごく人の心を惹きつけるものだと思います。
――村垣さんが最初にオリジナルのお雛様が出来上がったのを見た時は、どういう印象を抱きましたか?
村垣:素敵なこけしをつくられる桜井さんとお仕事できたことが嬉しくて、サンプルが届くのをずっと楽しみにしていました。で、届いた箱を開けたら、可愛いらしくて、木の匂いもして、よく見たら木目も見えて木肌も美しくて、もう本当に尊いという気持ちになりました。手に収まるサイズというのも良くて、握りしめたらさらに愛おしさを感じて。あと、ぼんぼりもつくっていただき、これもまた可愛いらしいんです(笑)。
――この仕事を通じて、桜井こけしにはどういう印象を持たれましたか?
村垣:こけしは材料となる木の調達から始まって、それを乾燥させて木取りをしてと、いくつもの細かい作業を経て出来上がっていきます。自然の木が多くの過程を経て少しずつ形になっていくっていうことを、お仕事で関わる前はほとんど知りませんでした。その大変さを桜井さんとのお仕事を通して知ることができて、背景を知れば知るほど、こけしがさらに尊いものに感じるようになったと思います。だからこそ、出来上がったものを受け取って届けていく身としては、責任を強く感じる部分もあるんです。
また、今は5代目と6代目のお二人でお仕事をされていますが、伝統技術が今日まで受け継がれてきていること自体が素晴らしいですし、ひとつの道を極めて突き進んでいることを、とても羨ましくも思います。賞を受賞されたり、海外のアーティストとコラボレーションをされたり、さらに世界が広がって表現が豊かになっていくのを、ここ数年の関わりの中で見ていて、なんかかっこいいな、すごいなと思って応援しています。
――今、伝統工芸の世界は跡取りがいなくて廃業せざるを得ないなど、さまざまな問題が山積みですが、そんな中どういう気持ちでお仕事をされていますか?
村垣:つくり手さんだけでなく、素材を調達してくださる方や、道具をつくる方も少なくなっている中で、今の仕事を続けていきたいと思っているつくり手さんに寄り添いつつ、お客様に届けていくということが自分たちの使命だと思っています。できるだけたくさんの方に届けるという点で、これからも頑張っていきたいです。
――村垣さんはとても愛情を持ってこけしに接してくださっているので、村垣さんの要望だったらなんとか叶えたい、という思いが桜井こけし店にはあります。きっと他の工芸の職人さんたちも同じだと思うので、ぜひこれからも工芸を盛り上げていく力になっていただきたいです。
村垣:こけしは本当にもう可愛くて可愛くて、関われたことが嬉しくて仕方ないんです。逆に難しいお願いをしていないかなとか、いつも思っていたので、そう言っていただけるととても嬉しいです。
――中川政七商店のお雛様をきっかけに鳴子に来てくださった方もいます。実際にこけしがつくられている場所を見ていただくと、こけしを見る目もまた変わってくると思いますので、今後もぜひ多くの方に鳴子に来ていただけたら嬉しいです。
村垣:私はぜひ一度、こけし祭りの時にうかがってみたいと思ってるんです。きっとすごく胸熱ですよね(笑)。いつか訪れる日を楽しみにしています。⚫️
Text by Miho Sauser
村垣利枝 / 中川政七商店 商品課デザイナー
福岡県出身。2014年中川政七商店入社。直営店店長を経て、2016年より商品部にてデザイナーを務める。主に季節の飾りやルームフレグランスなど、暮らしに楽しさや豊かさを届けるインテリア用品の商品企画に携わっている。