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インタビュー

Vol.3 シャルル・バタイーさん&セヴラン・ミレーさん

「桜井こけし」へのまなざし

「桜井こけし」では企業やホテルなどだけでなく、現代アートとのコラボレーションも行っています。2024年の夏には、フランス人のアートディレクターとアーティストに鳴子に滞在していただき、一緒に新しいこけしを生み出すというプロジェクトにも取り組みました。そしてフランスの現代アートと日本の職人技との出会いにより、これまでにないユニークなこけしコレクションが完成しました。

この企画のアートディレクターでもあり、パリで日本の工芸品を扱うショップを運営するシャルル・バタイーさん。リヨンでビジュアルアーティスト、イラストレータとして活躍するセヴラン・ミレーさん。お二人がこのコラボレーションを経て知ったこけしの魅力とは?

 

――日本の工芸にきっかけを持つようになったきっかけについておしえてください。

シャルル・バタイー(以下シャルル):最初に日本文化に出会ったのは浮世絵版画を通じてでした。子どもの頃、国芳の幻想的な絵に心を奪われました。やがて私の好奇心は絵から、その背後へと移っていきました。紙を漉く人、顔料をつくる人、彫師、摺師、そうした人々が協力し合い一枚の絵を生み出していく。その技術の粋と共同作業に強く魅了されたのです。今も浮世絵を愛してやまないのは、その精神にあります。誰にでも手に取りやすく、広く共有されるためにつくられている。この姿勢は今もなお、アーティストや職人と共にものを生み出すときの私の考え方に大きな影響を与え続けています。

 

――パリで日本の工芸品を扱うショップ「Dejima」をオープンしていますね。

 

シャルル:「Dejima」は、かつて長崎の出島が日本とヨーロッパをつないでいたように、東西の交流を現代に蘇らせたいという思いから生まれました。私たちの店は日本の工芸とヨーロッパのイラストレーションが予期せぬかたちで出会う場でもあります。最も大切なのは、二つの世界が対話を交わすことで、まったく新しいものが生まれることを示すことです。

また「Dejima」はコンセプトストアであると同時に、展覧会、新作発表、文化イベントなどを開催し、職人たちの物語、技法、創造のプロセスを紹介しています。工芸が単なる伝統ではなく、異文化の協働を通じて進化し続けている「生きた実践」であることを示したいのです。

 

 

――日本のこけしを最初に見た時の感想は?

シャルル:私はずっと日本のおもちゃが大好きで小さなコレクションも持っています。その中には、古い張子の犬や60年代の怪獣ゴム人形も含まれていて、こけしにもある程度親しんでいるつもりでした。けれど最初に鳴子の「桜井こけし」に訪れた時は、その多様な造形やデザインに圧倒されました。代々にわたり革新的な取り組みが続けられていたことにも驚きました。

こけしについて私が魅了されたもうひとつの点は、その用途の広がりです。もともとは女の子の人形だったのが、出産祝いの贈り物、温泉土産、現代では装飾品としても親しまれています。こけしは単なる玩具ではなく、その土地の歴史を物語る木の証人とも言えますね。

 

――「桜井こけし」とのコラボレーションではどんな感触を得られましたか?

シャルル:私にとって何よりも刺激的なのは、好奇心旺盛で冒険心があり果敢に境界を越える職人たちと、海外のアーティストと共に働くことです。時には内向きに感じられる日本の工芸の世界において、伝統に深く根ざしつつ、新しい発想を積極的に取り入れている櫻井家の方々に出会えたことは、本当に胸が躍る経験でした。

 

――セヴランさんをコラボの相手に選んだのはシャルルさんですね。その理由は?

シャルル:セヴランは経験豊富で驚くほど多才だからです。彼は具象と抽象の間、二次元と三次元の間を自在に行き来し、ドローイング、絵画、陶芸、木彫と幅広い創作をしています。また、彼がキャリアを通じて数多くの小さなフィギュアを制作してきたことも重視しました。それらはある意味、こけしのフランスのいとことも言える存在です。職人たちの仕事を理解し、予期せぬ課題に応えると姿勢や能力を考えても、彼はこの企画に理想的なアーティストだと思いました。

――セヴランさんがのコラボレーションをやろうと決めた理由は何でしたか?こけしにあなたの作品との親和性を感じましたか?

セヴラン・ミレー(以下セヴラン):シャルルから提案があって、日本の職人技とアーティストを結びつけようという彼らの取り組みにすぐに興味を持ちました。また、日本に行き「桜井こけし」の方々に会い、彼らのものづくりを見てから創作に取り組むというアイデアにも胸が高鳴りました。

このプロジェクトを始める前は、こけしについてはほとんど知りませんでしたが、調べるうちに、その多様さや洗練された造形、そして小さな木製の人形から放たれる強い存在感に魅了されました。自分のこれまでの作品との共通点もすぐに感じました。私はキャリアの初期から人物の形と表情を探求してきました。過去にもスクリーンプリントや彫刻などで人物像のシリーズを多く制作しており、その中のひとつは非常に大きなスケールで展開されたこともあります。こけしの中にも、同じようなスピリットを見出しました。まるで静かな対話を交わしているかのように並んで立つこけしの姿に共鳴を覚えたのです。

 

――実際に一緒に仕事をして、5代目の櫻井昭寛と6代目の櫻井尚道についてはどのような印象を持ちましたか?

 

シャルル:お二人の高度な技術と細部へのこだわりに強く感銘を受けました。彼らのこけしは、一つひとつの精密な曲線や筆致に込められた丁寧さが際立っています。昭寛さんと尚道さんが一緒に作業する様子を見て、知識や技術がどのように世代を超えて受け継がれていくのかもはっきりと伝わってきました。

中でも心を打たれたのは、彼らが伝統と革新を見事に両立させている点です。昭寛さんは工芸の技術を正確に守り伝える。その一方で、尚道さんは思慮深く試行を重ね、デザインを変化させ、新しいアイデアを探求しています。この関係性によって、工芸はその根を保ちながら進化し続けていると実感しました。

 

セヴラン:フランスでは6代にも渡る職人の系譜を持つ方々に出会うことはとても稀です。初めてお会いしたときから、お二人の熟練した技と所作の美しさに深く感動しました。伝統的な技法を守りながらも、それぞれの世代が自分たちの感性を吹き込んで、こけしに新たな命を与えている。その姿勢に私は強い敬意を抱いています。桜井こけしの創作スタイルは、控えめでありながら深い美しさを湛えていました。

 

――コラボは実際にどのように進んでいきましたか?それぞれ、どのような点を重視されたのでしょうか?

シャルル:製作は鳴子での滞在中で行われました。1週間、セヴランと私は櫻井家と共に暮らし、彼らはミズキの木の育成から、こけしの顔を描く繊細な技まで、工芸のあらゆる面を惜しみなく共有してくれました。アーティストと職人の間で絶えず行われる親密な交流こそが、このコレクションを実現させたのです。私にとっての最大の課題は、こけしづくりのリズムに合わせて歩みを緩めることを学ぶことでした。ここでは木の生命がすべての基調にあり、それぞれの作品に忍耐と丁寧さが求められています。

 

セヴラン:私にとって最も重要だったのは、自分自身の芸術的な世界と桜井こけしの世界との間で、伝統的なこけしの美意識を損なうことなく真のバランスを見出すことでした。

そのために、まず私は彼らの製作工程をじっくり観察することから始めました。技法、リズム、そして職人としての制約。そうしたすべてを理解することに時間をかけ、その上で、新しい造形やデザインを模索し始めました。

彼らの所作や、そこに宿る簡潔さからインスピレーションを受け、ひとつひとつに独自の個性を与えながらも、統一感のあるこけしコレクションを生み出そうとしたのです。このコラボレーションを通して、お二人が示してくださった信頼とオープンな姿勢に、心から感謝しています。日本の職人技と自らの世界が響き合う機会を得られたことは、アーティストとして本当に幸せなことでした。

 

――とてもユニークで素敵なコレクションが完成しましたね。

シャルル:鳴子滞在中に櫻井家のお二人の卓越した技術を間近で目にしていたので、優れた品質のものが出来上がることはわかっていました。私が最も感銘を受けたのは、尚道さんがセヴランのドローイングを自らの描彩技法に見事に置き換え、その本質を失うことなく非常に繊細に表現していたことです。アーティストのヴィジョンと職人の手仕事が一体となって結実した。これこそがコラボレーションの核心でした。

 

――パリでの反応はどうでしたか?

シャルル:パリの店に訪れた人々は、デザインの独創性と職人技をとても評価してくれています。このコレクションは、現在ではほんのわずかな家族によってしか受け継がれていないとはいえ、こけしづくりが今も受け継がれ、革新を続けていることを示すものです。

フランスで最大の課題のひとつは、これらの新しいこけしが蚤の市にあふれる古い作品よりも、実はずっと希少で価値があるのだということを人々に理解してもらうことです。残念ながら、質の低いものを「ヴィンテージ」と称して高値で売ろうとする人もいます。今を生きる職人を支えることは工芸を生かし続けることにもつながります。それはものを買うこと以上の意味があるということを、多くに人に知ってもらいたいと思っています。⚫️

 

 

Charles Bataillieシャルル・バタイー/アートディレクター

パリのペニンゲン美術大学でアートディレクションを専攻。卒業後は雑誌や書籍のデザインなど出版の仕事に携わり、イラストレーターとのネットワークを広げる。2019年にイラストレーションに特化したギャラリー「Inventaire」を立ち上げ、2023年にヨーロッパのアーティストと日本の職人たちが協働する場として、パリに日本の工芸品を扱うショップ「Dejima」をオープン。現在は台北を拠点に欧州、アジアで活動を展開。

 

Séverin Milletセヴラン・ミレー/ビジュアルアーティスト、イラストレーター

ストラスブール装飾美術学校卒業後、リヨンを拠点に活動。幼少期から絵を描くことに情熱を注ぎ、木材や紙など多様な素材や技法を駆使しながら独自のグラフィックを確立。これまでに多くの書籍のイラストを手がけ、自身の絵本作品なども発表。フランス国内外で個展を開催するほか、ラコステなどファッションブランドのコラボレーションも行っている。